タイのおやつ「カオトム・マット」でタイ駐在員生活の運命を占う
タイのオフィスで仕事をしていると、「これ食べて」と同じ職場で働くタイ人のおばちゃんがおやつをくれた。
日本のオフィスでも、女性のスタッフが自分で買ったお菓子をまわりの皆にシェアすることがよくあったので、「シェアする気持ち」のようなものは世界共通の女性の特徴なのかもしれないな、と思った。
そのおやつは、バナナの葉で包まれている。タイでは、「カオトム・マット」と呼ばれるらしい。すりつぶしたバナナを、もち米でくるむ。黒豆が入っている。それらをココナッツミルクで味つけし、蒸したものだ。
バナナの葉を剥ぐと、ねちょねちょとしたもち米が顔を出す。
なるべく手につかないようにとバナナの葉の持ち方を工夫するけれども、いつも失敗に終わってしまう。いつもティッシュペーパーで指を拭きながら食べる。
もち米とバナナの食感は似ている。口のなかでねちょねちょと混じり合いながら、ココナッツミルクの甘い風味が広がっていく。
はじめて食べたとき、ぼくは「おいしい」と返したけれど、気持ちは半分半分だった。日本では食べたことのない味に、すこしとまどいながら喉に通した。
けれども今は、お世辞ではなく「おいしい」と言える。
タイでの生活で、実際にぼくの味覚が変わっていったのかはわからないけれども、異文化の料理への敬意みたいな感覚と、「現地の味」を受け入れる気持ちが育ってきたのは確かだった。
タイ料理を一切受けつけないというひともいる。現地の味に不満を言い、いつも日本のものばかりを食べている。
そういう人たちは決まって、タイでの駐在生活がつらく、早く日本に帰国したいと言っている。
もしかしたら、カオトム・マットの味は、タイでの駐在生活を楽しめるかどうかの適性判断材料になるんじゃないかと考えながら、ぼくはそのおばちゃんに「ありがとう」と返した。